「檜物町」ってご存知ですか?
こんにちは。喜代川です。
先日、山王祭の連合渡御でこんな提灯を見ました。
檜物町(ひものちょう) です。
八重洲の御神輿の前に歩いていました。
そういえば、宇江佐真理さんの本「髪結伊三次」でも見かけた町名です。
具体的に現在のどの辺に当たるのだろうと思っておりましたところ、ちょうどお客様からいただきました。
山王祭パンフレット。
鳶の絵がかっこいいです。
こちらに詳しく書いてありまして、「檜物町」とは
・今の八重洲1丁目・日本橋2丁目3丁目辺り
・泉鏡花の「日本橋」の舞台
・昭和35年くらいまでは花柳界で栄えていた!
そうです。
今で言う、東京駅の向かい辺り~高島屋~コレド日本橋辺りです。
そういえば、
先述の「髪結伊三次」で主人公伊三次の連れである「元辰巳芸者のお文」が
檜物町の御座敷へ通っていました。
本を読んでいたときは、なぜ今のコレド辺りへ御座敷に出るのか疑問でしたがこれで解決いたしました。
昔は花柳界だったのですね。
そのことを大女将へ話したところ、衝撃の事実が!
大 「そうよ!あたしの清元のおっしょさん=お師匠さん も檜物町だったんだから
檜物町のおっしょさん。高島屋の裏でねぇ、通ってたんだから。
あすこ、花柳界だったでしょ?でもなくなっちゃってねぇ、だからうちのおっしょさんもあの辺りで
おせぇてたの=教えてたの」
(@_@)
若 「檜物町、って最近まであったのですね」
大 「そんなことないわよ!もう何十年も昔よ!」
若 「・・・ 江戸時代までかと思いました、、、」
大 (苦笑)
、、、というわけで、大女将にかかると書物の中のお話も経験に基づく実話になります((+_+))
こんな歩く生き字引の近くにいられるなんて幸せです。
でも、その分たくさん吸収しなければというプレッシャーも感じております。
つくづく毎日が勉強です。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
うなぎ喜代川 5代目若女将